わんことインテリア

トイプードルのTarutoとRasukuの飼い主maayaのブログ。YouTubeに動画投稿しています。

出産までの道のり②【不育症】


こんにちは。

トイプードルのTarutoとRasukuの飼い主のmaayaです。
www.youtube.com

前回のブログの続きです。

https://www.maaya.work/entry/2020/07/16/004956

 

■1回目の妊娠→子宮外妊娠

■2回目→自然流産

■3回目→自然流産

■不育症

(↑3回目の流産後、不育症が発覚しましたが、予約&診断されるまで時間がかかったので、正式に不育症と診断されたのは、YouTubeを始めてからです。)

■YouTube始める←ここから!

 

 

YouTubeを始めたばかりの頃、私のメンタルはかなり弱っていました。

元々、ポジティブで前向きな性格ですが、人生で初めてあんなに落ち込んだと思います。

流産だけでもショックだったのに、さらに不育症と診断されて、自分のせいだと責められてるような気がして(誰も責めてないのに)とにかくショックでした。

 

 

そして、心の底から落ち込むと、過去に囚われてしまって、未来を考えられなくなってしまうのです。

叶うはずがないのに、流産した子がまた戻ってきてほしいと思ってしまう。

ただそれだけ。

「お願いだから、戻ってきてよ。私はアナタを育てたかったんだよ。」

と、ずーーーーーっと思っていました。

今思えば、相当病んでますよね。

 

なので、「大丈夫。また授かるよ。」と言われた時は(本人はきっと励ましてるつもり)「いつ私が早く妊娠したいと言ったの?何を根拠に大丈夫なの?」とかなりモヤモヤしました。

もう妊娠したくないのに。

流産なんて、もっとしたくないのに。

私はただ、流産した子が戻ってきてほしいだけなのに!! 

 

 

そんなことを考えていると、パパを見ると申し訳ない気持ちになるし、母を見ると心配かけないように元気でいなきゃと思うし、人といることが疲れてしまいました。

なので、ほとんど家に引きこもっていました。

でも、Taruちゃんといる時だけはありのままの自分を出せました。

悲しい時は、思いっっっっきり泣きました。

声を上げて泣きました。

楽しい時は笑って、悲しい時は泣いて、数分で感情がコロコロ変わる私に、Taruちゃんは付き合ってくれました。

私が落ち込んでいたことは察していたと思いますが、詳しい事情をTaruちゃんは知らないわけで…。

そんなTaruちゃんの目が、あまりにも綺麗で、純粋で、まっすぐで…。

Taruちゃんの世界には、子宮外妊娠も流産も不育症も存在しないと思うと、私が経験してきた過去も、実はなかったんじゃないか…って。

Taruちゃんと一緒にいると、Taruちゃんの真っ白で綺麗な世界に私も入りこむことができて…、

私の中の黒い感情も、辛い過去も、全部全部なくなったような感覚になったのです。

もちろん、また思い出して泣けてしまうのですが…

Taruちゃんといると、一瞬忘れられたんです。

本当に一瞬。

でもその一瞬だけでも、心を休めることができたから、私は心の病気にかからずに済んだのだと思います。

私が今こうして健康でいられるのは、Taruちゃんのおかげなんです。

本当に感謝です。

 

 

それから時が経ち、次第に考え方が変わっていきました。

今までは、ただ「戻ってしてほしい。戻ってきてほしい。」と思っていた私ですが、亡くなった命も、今目の前にいる人達の命も、重さは同じだと気付いたのです。

私があれだけ「戻ってきてほしい!」と思っていた命と、今目の前にいる人達の命、同じぐらい尊いじゃんって。

それからは、友達や家族、Taruちゃん、そして自分のことを大切にしようと思いました。

 

 

そして、YouTubeを始めて9ヶ月ほど経った頃、4回目の妊娠をしました。

なんとなくお腹に違和感があったので、生理予定日ぐらいに妊娠検査薬をしたら、陽性のラインが出ました。

しかし、どんどん薄くなっていき、結局3日後ぐらいに生理が来てしまいました。

胎嚢確認前の流産だったので、化学流産です。

不育症でかかっていた青木産婦人科クリニックは、妊娠したとしても、生理予定日から1週間経っていないと治療してくれません。

(どんな治療かと言うのは、また追々お話します。)

つまり、妊娠5週目から治療開始ということです。

なぜから、5週以前に流れてしまうのは、弱い卵(赤ちゃん側の問題)で、不育症とは関係ないからです。

要は、染色体異常などで元々育たない卵だから、結局治療しても育たないということです。

化学流産は、流産としてカウントしないとインターネットに書いてあったので、青木産婦人科クリニックには報告しませんでした。

(その判断が正しかったかどうかは分かりません。でもきっと、報告する気にもなれなかったんだと思います。落ち込みすぎて。)

 

 

今までの妊娠の中では、一番軽い妊娠でしたが、心のダメージはかなりありました。

体のダメージとしては、1回目の妊娠(子宮外妊娠)が1番あったと思いますが、心のダメージは1回目より2回目、2回目より3回目、3回目より4回目…と、回数を重ねるごとにどんどん増しました。

 

そして化学流産後…

さらに「もう絶っっっっ対妊娠したくない!」と思うようになりました。

 

私には「妊娠」が向いていない。

「妊娠」してはいけない体質なんだ。

もういい!仕事をしよう!

 

私は、仕事を探すことにしました。

 

そして、保育園で午前中のみ働くことになったのです。

(ちなみに、1〜3回目の妊娠中は幼稚園で働いていました。かなーーーり迷惑をかけてしまったので、今でも申し訳ない気持ちがあります。)

 

保育園で仕事を始めだしてから、心も体もかなり回復したような実感がありました。

幸い、職場に恵まれていたので、楽しく仕事をさせてもらっていたし、子どもたちもめちゃくちゃ可愛いかったし、嫌なことなんて一つもなかったぐらい。

職場の人とは、よくわんこの話で盛り上がりました!懐かしい!!!!

 

そして、子どもがいないことを聞かれることもありましたが、私は全て話しました。

曖昧な言葉で濁したばかりに、また同じことを聞かれるのが面倒だったからです。

一度話せば、誰も妊娠について触れてくることはなかったので、その方が私は楽でした。

 

時が経てば経つほど「妊娠したい」という気持ちも消え、「絶対に妊娠したくない」という気持ちも消えました。

何も考えなくなったのです。

 

きっと、今ある生活に満たされていたんだと思います。

パパがいて、Taruちゃんがいて、Rasuくんがいて…。

それだけでとーーーーっても幸せだなぁって。

そんな生活が、約1年ちょっと続きました。

 

2019年2月、ある出来事を機に、「妊娠」について考えるようになります。

 

 

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